平気な顔をしていればいいと思っていた
十代で少年院に入ったころ、私は人を信用するのが怖く、困っていても平気な顔をしていました。注意されると黙り、分からないことを聞かれると、分かったふりをする。それで自分を守っているつもりでした。
担当の先生は、私が何も話さない日も、話を聞く時間をつくってくれました。無理に気持ちを言わせるのではなく、その日にできたことや、できなかったことから確かめていきました。すぐに信じられたわけではありません。何度も同じようなやり取りをするうちに、少しずつ言葉が出てきました。
できないことを隠さず、練習してよかった
勉強の時間に分からないところがあっても、私は「大丈夫」と答えていました。先生は、できないことを責めるより、どこから分からなくなったかを一緒に探してくれました。一問できたら、そこはできたと確かめる。次の一問ができなくても、全部だめになったことにはしない。その繰り返しが、私には必要でした。
自分がしたことを振り返る時間は、苦しかったです。事情を分かってもらうことと、人を傷つけた責任がなくなることは違う。それを急に納得できたわけではありませんが、先生は私が考えることから逃げないように、話し合いを続けてくれました。
外に戻ってから、何度も思い出した
出院してから、最初の仕事が長く続かなかったこともあります。うまくいかないと、何も言わずに離れたくなる自分は残っていました。それでも、相談してもいい、分からないと言ってもいいと教わったことが、踏みとどまるきっかけになりました。
次の仕事を探すときは、一人で抱え込まず、相談できる人と、働き方や苦手なことを整理しました。今は事務の仕事をしています。忙しい日には余裕をなくしますが、確認が必要なときに声をかけることを、以前より大切にしています。
今の生活は、何人もの人に支えられている
あのころ本気で関わってくれた先生たちがいなかったら、その後の私はどうなっていたのだろうと考えます。外に戻ってから助けてくれた人も含めて、今の生活は自分一人でつくったものではありません。
少年院で過ごした時間をどう感じるかは、人によって違うと思います。私にとっては、失敗を隠す以外のやり方を練習した時間でした。同じ経験をした人に、私と同じように感謝したり、過去を人に話したりしてほしいという意味ではありません。
今も苦手なことはあります。それでも、分からないと伝えて、教わって、やり直せる。その小さな積み重ねを続けられていることが、私には大きいです。あのとき、すぐに答えを出せない私を待ってくれた先生に、そのことを伝えたいと思っています。